母からLINEが来たのは、夜の11時過ぎだった。
「次はいつ来られそう?」
画面を見て、少し息が止まった。悪意も責めもない、ただの一言。それなのに、返せなかった。「わからない」が正直なところで、でもそれを打つ気にもなれなくて、既読だけつけてスマホを置いた。
翌朝も、その次の夜も、返信しなかった。3日後に「元気にしてる?」と来て、ようやく「元気だよ、また連絡する」と返した。
「また連絡する」は、帰省の約束ではなかった。
子供が小学3年生になった春から、カレンダーの使い方が変わった。以前は空白が基本で、予定を書き込む感覚だったのに、今は「何も入っていない週末」を探す作業になっている。
この記事は、「帰りたいけど帰れない」という状況に疲れている、自分と同じような人に向けて書いた。解決策というより、同じ場所にいる人への言葉として。
子供が小学生になる前と後で、何が変わったか
子供が未就学だった頃は、帰省のハードルが今より低かった。夫婦の休みさえ合えば、あとは新幹線のチケットを取るだけだった。子供は小さいからどこでも寝るし、実家で祖父母に預けて昼寝させることもできた。
それが、小学校入学を境に変わった。
比べてみると、変わったのは「帰省の意欲」ではなく「帰省を可能にする条件」だとわかる。帰りたい気持ちは変わっていない。変わったのは、帰れる隙間の量だ。
「帰れない理由」がカレンダーを埋めていく
実際にどんな状況か、我が家の年間カレンダーを見てみると、こうなっている。
緑のタグ(帰省の余地がある時期)が、ほとんどない。
「盆と正月だけ」という状態は、子供が小さかった頃から変わっていないように見えて、実はその「盆と正月」の中身も年々縮んでいる。滞在日数が短くなり、出発前後のバタバタが増え、実家にいる時間そのものが削られていく。
去年の夏、実家に帰れたのは結局2泊3日だった。子供の夏期講習が終わった翌日に出発して、お盆の混雑の中を移動して、着いた日の夜は全員ぐったりして早々に寝た。実質、親とゆっくり話せたのは中日の一日だけだった。
帰る日の朝、母が「もう帰るの?早いね」と言った。早いよ、と私も思った。でも翌日から子供の習い事が再開するし、私も翌々日から仕事だった。「また来るね」と言って、新幹線に乗った。
「次はいつ来るの?」に答えられない申し訳なさ
親からの「次はいつ来られそう?」というLINEが、一番応える。
責めているわけじゃないとわかっている。会いたいという気持ちの表れで、それはむしろ嬉しいことのはずだ。でも返せない。「わからない」は本当のことだけど、打つのがつらい。「年末かな」と書けば、それまで待たせることへの罪悪感が生まれる。
既読をつけて3日間放置したとき、自分が少し嫌いになった。
帰れる日が、カレンダーのどこにも見当たらないだけだ。
その「見当たらない」を、親にどう伝えればいいか、わからない。
共働きで子供の習い事がある家庭に、「もっと帰省しなさい」と言うのは簡単だ。でもその言葉は、現実のカレンダーを見ていない。帰省を優先するということは、何かを削るということだ。習い事か、仕事か、夫婦の休日か、子供の友人関係か——何かを削った上で成り立つ帰省は、行くたびに少し疲れる。
それでも行く。行くしかないと思っているから。ただ、頻度は、独身の頃とは違う。
「子供が育つほど、親に会えなくなる」という皮肉
子供が生まれたとき、親はとても喜んだ。孫の顔を見せに帰省するたびに、祖父母の顔がほころんだ。子供の運動会の動画を送れば、すぐ電話がかかってきた。
でも同時に、子供の成長は「帰省を難しくする要因」を増やし続けた。
0歳のときは、親のスケジュールだけ合わせればよかった。3歳になったら、保育園の行事が増えた。小学生になったら、習い事・学校行事・友人関係・長期休みの講習——子供の生活が自律し始めるほど、「子供ごと帰省する」ことの調整コストが上がっていく。
孫の顔を見るために孫が帰ってきにくくなる、という皮肉が、子育て世代の帰省問題の核心にある。
子供が「おじいちゃんちに行きたい」と言わなくなってきた。小さい頃はあんなに喜んで行ったのに。今は友達と遊ぶ方が楽しいらしく、「なんで帰省しなきゃいけないの」と言われたこともある。
その言葉に傷ついた、というより——その言葉が出てくるほど子供が育ったんだな、と思った。成長は嬉しい。でも成長するほど、親を連れて行くことが難しくなる。なんか、うまくいかないな、と思う。
帰省回数が減った分、残り回数も削れていく
ここで一度、数字を見てほしい。
帰省が「年1回」になった場合と「年2回」の場合で、残りの帰省回数はどう変わるか。
健康な状態でちゃんと話せる帰省(健康寿命73歳ベース)は、残り8回。
年2回だったのが年1回になるだけで、残り帰省回数は半分になる。「子供が小学生の間だけ少し減る」と思っていても、その数年間の減少分は取り戻せない。
残り8回の「健康な親と話せる帰省」。その8回が、子供の習い事や学校行事との調整の中で、静かに削れていく。
健康寿命内:16回
健康寿命内:8回
帰省が減っても声は増やせる
2泊3日で6食程度
電話・ビデオ通話の回数は、帰省回数より圧倒的に増やしやすい。帰省が難しい時期こそ、声をつなぐ頻度を意識的に上げることが、唯一現実的な「代替」になる。
それでも「帰れるタイミング」を作るために
「帰れない」を嘆くだけでは何も変わらない。現実的に動けることだけ、書いておく。
残り帰省回数を、一度だけ計算してみる
「いつか帰れる」と思いながら、気づいたら年1回になっていた——そういう人が、この記事を読んでいるかもしれない。
親の年齢・性別・帰省頻度を入力するだけで、「あと何回、帰省できるか」「健康な状態で会える回数は何回か」を計算できるツールがある。数字を見るのは少し怖いかもしれない。でも、知ることでしか動き出せない現実がある。
でも、あと何回帰れるか——
一度だけ、数字で見てほしい。
でも残り回数を知った人だけが、
次の帰省を「ただ帰る」から「ちゃんと帰る」に変えられます。
よくある質問
この記事のまとめ
- 子供が小学生になると、習い事・学校行事・長期講習で「帰省できる隙間」が急減する
- 「帰りたくない」のではなく「帰れる日がカレンダーにない」という状況が現実
- 年2回の帰省が年1回になるだけで、残り帰省回数は半分に減る
- 帰省回数が難しい時期は「電話の頻度」「帰省1回の質」で補う
- 年度始めに帰省日程を先に押さえる・逆帰省を活用するなど、仕組みを変える
- 残り帰省回数を一度計算することで、「今年どこかで帰ろう」への動機が変わる
母への返信を、今日やっと送った。
「12月の第2週、帰れそう。まだ確定じゃないけど、空けておいて」
確定じゃない、という但し書きをつけながらも、日付を書いた。書いたことで、少し気持ちが軽くなった。
子供の成長は嬉しい。忙しいのは豊かな証拠だと思っている。それでも、その豊かさが親との時間と引き換えになっている部分があることは、忘れないでいたい。
次の帰省で、ゆっくり話せますように。